論文賞, ベストオーサー賞 2016年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門 [論文]

有限体上のソリトン方程式における入れ子構造を持つソリトン解について
(日本応用数学会論文誌 2014, Vol.24, No.4, pp.317-336)

[著者]

由良文孝(公立はこだて未来大学)

[受賞理由]

本論文は、有限体上でソリトンセルオートマトン系を構成し、その1ソリトン解がフラクタル的な入れ子構造を持つことを厳密に証明したものである。セルオートマトンは有限集合上に値をとる離散力学系であり、簡単な時間発展規則から複雑なパターンを生成できるため、数値シミュレーションに適した数理モデルとして近年広い分野で用いられている。しかしながら、その離散的な性質のため、解析的な手法はほとんど適用できず、解の大域的な性質や具体的な表示についての厳密な議論は一般に大変困難である。そこで、セルオートマトンを有限体上の力学系として構成し、有限体の性質を利用する試みが散発的に行われてきたが、零元の処理が難しく、非自明で良い数理構造を持つ系はこれまでほとんど提案されてこなかった。これに対して本論文では、分配則などの3つの性質を持つ有限体上の函数を定義し、超離散KdV方程式のMax函数と置き換えることによって、有限体上の方程式を定義する際の困難を克服し、新規なソリトンセルオートマトン系を構成することに成功した。ここで用いられた函数は、四則演算の類似であるが、結合則が成り立たず、先行結果の無い極めて独創的なものである。そして、この系では分数速度を持つ1ソリトン解が無数に存在しフラクタル的な自己相似パターンを持つことを、混合基数による位取り記数法を用いて厳密に証明した。この結果は有限体における非線形発展方程式系や超離散系の研究に新たな知見をもたらし、今後の進展を期待させるものである。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した。

応用部門 [論文]

フットステップ錯視アートの設計法
(日本応用数理学会論文誌 2013, Vol.23, No.4, pp.585-600)

[著者]

小野 隼(明治大学),友枝明保(明治大学),杉原厚吉(明治大学)

[受賞理由]
本論文は、フットステップ錯視やインチワーム錯視と呼ばれる錯視が起こるための条件を整理・分類し、それらを用いて錯視アートを作成するための方法を説明したものである。
フットステップ錯視やインチワーム錯視は既知の錯視現象であるが、それぞれの錯視の効果が最大となる条件を、背景ストライプ及び動くオブジェクトの関係性から数理的に考察し、整理・分類している点が高く評価できる。一般的に錯視作品は、偶然による発見や玄人的な経験に基づくものが多い中、本論文のように数理的に条件を分類することは、誰でも理論的に錯視作品を創作できるという点においても重要な仕事であり、実際に、著者らが創作したフットステップ錯視を用いたデザインアート作品はウェブでも公開されており信頼性も高い。さらに、1次元の直線運動だけではなく、2次元的な直線運動や円運動にも拡張するとともに、時計や看板のデザインなど、より発展的かつ実用的な例も提案され、関連する特許の取得もなされている。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(応用部門)にふさわしいと判断した。

サーベイ部門 [論文]

楕円曲線暗号の進展
(日本応用数理学会論文誌 2015, Vol.25, No.2, pp.117-133)

[著者]

高島克幸(三菱電機株式会社)

[受賞理由]

近年、楕円曲線暗号は、暗号通貨として注目されているビットコインにも採用されており、暗号研究者のみならず、一般のIT技術者からの関心が高い技術になっている。本サーベイ論文では、楕円曲線暗号が、公開鍵暗号の「効率性」「機能性」「安全性」を高める有望な技術であることを、幅広い層の読者をターゲットに解説している。具体的には、先行提案された2者間のDH鍵共有方式をベースに、楕円曲線を活用することによって、同じ安全性を効率よく実現する手法、双線形を実現するペアリング関数を用いて、三者間の鍵共有機能を実現する方法、さらには同種写像を用いて量子計算機が登場しても安全な鍵共有法の構成法を示している。同じDH鍵共有方式に基づいて「効率性」「機能性」「安全性」という異なる拡張を紹介する手法は、工夫が凝らされており大変わかりやすい。また、それぞれの拡張に関して、数理的背景も詳細に論じられており、幅広い読者の数論アルゴリズムへの関心を高め、今後の研究要素も示唆する論文となっている。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(サーベイ部門)にふさわしいと判断した。

JSIAM Letters部門 [論文]

Fourier estimation method applied to forward interest rates
(JSIAM Letters Vol.4 (2012) pp.17-20)

[著者]

Nien-Lin Liu (立命館大学), Maria Elvira Mancino (University of Florence)

[受賞理由]

金利の期間構造の理論は、金利が残存期間にどのように影響を受けるかを説明しようとする理論である。金利の期間構造の解析には主成分分析が用いられることが多いが、主成分分析を用いた従来の解析によれば、スポット・レートと呼ばれる、現在から一定期間後に満期となる債権の利回りのダイナミクスを説明するためには、高々第三主成分までを用いれば十分であるとされている。これに対して、著者らは、これまでの研究で、フォワード・レートと呼ばれる将来を起点とし、一定期間後に満期となる債権については、そのダイナミクスを説明するためには第三主成分まででは足りないということを示していた。本論文では、主成分分析ではなく、Malliavin および Mancino によって提案された Fourier 級数展開を用いた解析手法を用いた場合にも、同様の結論が得られることを示したものである。具体的には、本論文で著者らは、アメリカおよび日本国債を用いて算出されたスポット・レートとフォワード・レートに対して、Fourier級数展開による手法を適用して解析を行っている。その結果、スポット・レートについては2または3程度の要因でそのダイナミクスが説明できることが示されたのに対し、フォワード・レートについては3つ程度の要因では70%から90%程度の変動しか説明ができなかった。これは、著者らがこれまで主張してきたスポット・レートとフォワード・レートの構造的な違いを改めて示すと同時に、本論文で用いられたアプローチの有効性を示す、意義のある結果である。
以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters部門)にふさわしいものと評価する。

[論文]

Improvement of multiple kernel learning using adaptively weighted regularization

(JSIAM Letters Vol.5 (2013) pp.49-52)

[著者]

Taiji Suzuki(鈴木大慈)(東京大学)

[受賞理由]

本論文は、重要性の高い説明変数に対して少ないペナルティを課す、アダプティブな正則化を行うマルチカーネル学習法を提案し、数値例によって、その有効性を確認したものである。近年、パターン認識や機械学習の分野では、サポートベクターマシンに代表されるカーネル法が注目されているが、そこでは非常に多数の説明変数が用いられるようになってきているため、スパース正則化と呼ばれる、ペナルティを課すことによって最終的に用いられる説明変数を絞り込む方法が重要となる。マルチカーネル学習は、複数のカーネル関数を用いる学習方法であるが、このような手法は、特殊な場合にはスパース正則化法の一つとみなせることが分かってきている。本論文で提案されている手法は2段階になっており、まずはじめに近似的な学習を行うことで、各説明変数の重要度を評価する。次に、その重要度に応じた重みつきのペナルティ項を導入することで、重要性の高い説明変数に対する影響を低減したスパース正則化を行う。また、厳密な議論ではないものの、提案手法の有効性についても、ある程度、理論的な考察が行われている。本論文のアイデアは明快であり、かつ、その記述も優れている。また、その有効性についても、理論的な考察および数値例による確認がなされており、実用性も高い。
以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters部門)にふさわしいものと評価する。

[論文]

Hierarchical graph Laplacian eigen transforms
(JSIAM Letters Vol.6 (2014) pp.21-24)

[著者]

Jeff Irion (University of California), Naoki Saito(斎藤直樹)(University of California)

[受賞理由]

本論文は、グラフ上のウェーブレット変換の拡張として、グラフラプラシアンの固有ベクトルを用いた階層的変換法を提案したものである。信号処理などの分野ではウェーブレット変換は非常に重要な手法として確立されており、この変換の様々な拡張についても議論がなされてきているが、グラフ上のウェーブレット変換については適切なものが提案されていない。これに対して、本論文では、グラフラプラシアンの、Fiedlerベクトルと呼ばれる固有ベクトルの成分の符号を利用したグラフの分解に注目し、それによる階層的な分解型解析手法として、階層的グラフラプラシアン固有変換法(Hierarchical graph Laplacian eigen transform、 HGLET)を提案している。また、これの発展形として、Harr変換のある種の拡張なども導入されている。この結果は、近年、盛んに研究が進んでいる大規模ネットワークに対するスペクトル的グラフ理論に関する研究に斬新なアイデアを提供するものであり、今後、この分野における有力な解析手法となることが期待される。
以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters部門)にふさわしいものと評価する。

JJIAM部門 [論文]

Dynamics of two interfaces in a hybrid system with jump-type heterogeneity
(Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2013, Vol.30, No.2, pp.351—395)

[著者]

Kei Nishi (西慧)(京都産業大学), Yasumasa Nishiura (西浦廉政)(東北大学), Takashi Teramoto (寺本敬)(旭川医科大学)

[受賞理由]

双安定な反応拡散系は種々の現象のモデルとして、応用数学の強力な武器である。一方、数学的にも力学系理論が縦横に活躍する場である。本論文の主題は、双安定な反応拡散系偏微分方程式に現れるパルス解が、不均質な環境に到達した際にどのように挙動を変化させるかという問題を解明することである。これまでの研究で時間発展数値シミュレーションにより、パルス進行波、振動型進行波、振動型定常波など様々な挙動が観測されてきた。分岐追跡数値シミ ュレーションで部分的な説明がなされているものの、複雑な挙動の全貌はなかなか理解できなかったのがこれまでの現状である。そこで、本論文では、反応拡散系そのものではなく、パルスの先端(フロント)と後端(バック)を特異極限で近似し、その界面相互作用を記述する常微分方程式と1変数の反応拡散方程式のハイブリッド系を考察する。問題を縮約したことにより、固有値問題の解析が可能になり、それによってまず不均質性と分岐構造の関連を議論した。そして、分岐点での解の挙動に対して中心多様体縮約を(これも縮約系を用いたことにより可能になった)行い、分岐点周りでの解挙動の全貌を理解することに成功した。ハイブリッド系を解析するのは本論文が初めてではないが、これを用いて、不均質場でのパルスの挙動変化を、固有値問題計算、中心多様体縮約、反応拡散系とハイブリッド系の対応を数値シミュレーションレベルでの検証などを総合的に行うことによって理解したことは高く評価されている。このようにパルスダイナミクスの複雑さを理解する上で一つの標準となる方法論を展開していること、および、不均一な媒体の効果を考慮することによる応用の深化は、応用数理学会論文賞にふさわしいと考える。

 

ベストオーサー賞
論文部門 [論文]

グラフ・ネットワーク上での応用調和解析
(応用数理 2015, Vol.25, No.3, pp.6-15)

[著者]

斎藤直樹(カリフォルニア大学)

[受賞理由]

本論文は,複雑なグラフ・ネットワーク上で観測・測定されたデータの 解析を行う際に,フーリエ解析やウェーブレット解析に代表される調和解析の手法を適用する方法について解説したものである.まず,グラフ上での応用調和解析にとって基本的な役割を果すグラフ・ラプラシアンについて,初等的な概念の説明を交えつつわかりやすく説明している.次に,グラフ・ラプラシアンの固有値・固有ベクトルをフーリエ解析における基底関数の直接の代用と見做すことの問題点を指摘し,グラフ・ネットワーク用の基底辞書の必要性を説く.さらに,著者とそのグループの結果も紹介しつつ,通常のユークリッド空間内の格子上で定義されたマルチ・スケール基底辞書及び最適な基底選択のアルゴリズムを解説し,そのグラフ上への拡張について例示しながら詳しい説明を行っている.最後に,現時点での課題を挙げ,研究の展望について述べている.このように,本論文はグラフ・ネットワーク上のデータ解析という重要な分野についてのわかりやすくかつ深みを持った解説となっており,この分野に興味を持つ読者にとってその意義は大きい.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は.本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門 [論文]

プラズマシミュレーション技術の産業機械への応用
(応用数理 2015, Vol.25, No.3, pp.24-28)

[著者]

宮下大(住友重機械工業株式会社)

[受賞理由]

本論文では, プラズマを使った実験装置の開発・メンテナンスを目的とした,数値シミュレーションのモデリングから,計算手法・計算コードの開発,研究開発現場への応用までがコンパクトに報告されている.はじめに,基礎方程式であるボルツマン方程式とマックスウェル方程式を直接シミュレーションすることの困難さを指摘したのちに,数理的・物理的考察に基づいた簡略化方程式の必要性が述べられている.その後,その簡略化方程式の導出と,数値計算手法の詳細が述べられている.その際に,方程式の数学的性質,数値計算手法の問題点などを詳細に検討した上で,最適で現実的な方法を導き,採用している. そして,応用例として,RPD(reactive plasma deposition)成膜装置における材料利用効率の検討結果が報告されており,企業における研究開発の最前線に数理的な方法が活用されていることを強く印象付ける内容になっている.以上よりベストオーサー賞選考委員会は, 本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと判断した.