論文賞, ベストオーサー賞 2004年度

論文賞
理論部門 [論文]
  
二次元曲線亀裂の数学解析と数値解析
(日本応用数理学会論文誌 Vol.13,No.1,2003,pp.59-80)

[著者]
  
若野 功(京都大学)

[受賞理由]
  
本論文は,等方的な2次元弾性体における曲線亀裂の先端近傍における変位場の特異性の構造を数学的に厳密に決定し,それを応用して曲線亀裂の場合の応力拡大係数を厳密に定義したものである.
さらに,それに基づき,特異要素を用いた有限要素法による近似解法の収束性について誤差解析を行っている.

応力拡大係数は破壊力学に於いて重要なパラメータであるが,曲線亀裂に関しては,今まで特異性に関する十分な数学解析が無く,従って数学的に厳密な定義が存在していなかった.
本論文では,二重層ポテンシャルを用いて表現した変位場の存在を関数解析的に示し,特異点近傍における変位場の特異性を厳密に捉え,応力拡大係数の定義を与えることに成功した.
この結果を基に,特異要素を導入して有限要素近似問題を考察し,近似解の存在と誤差評価を与え,さらに数値例による検証を行っている.

  
以上により,未解決であった2次元曲線亀裂の特異性に関する基本的問題を解決した本論文は,理論部門としての受賞に相応しいと評価された.

応用部門 [論文]

  
Swift-Hohenberg方程式の定常解大域分岐のConley指数を用いた検証
(日本応用数理学会論文誌 Vol.13,No.2,2003,pp.191-211)

[著者]

  
平岡 裕章(大阪大学), 小川 知之(大阪大学),Konstantin Mischaikow(ジョージア工科大学)

[受賞理由]

  
本論文は,Conley指数という位相的情報を用いた偏微分方程式の定常解の大域分岐ブランチの検証法を,Swift-Hohenberg方程式を例にあげて提案している.
この方法は,フーリエ級数展開により無限次元の力学系に変換可能な問題に対して適用可能である.
偏微分方程式の定常解は,無限次元力学系の平衡点に対応する.
近似解の近傍に無限次元力学系の平衡点が存在するための十分条件はConley指数を用いて与えられ,その十分条件が満足されるように近似解の孤立化近傍を構成することにより定常解の存在を数値的に検証している.
この方法では,平衡点が不安定方向を持つ場合でも適用可能であることが特徴である.
さらに本論文では,汎用分岐図作成ソフトである AUTO とConley指数による定常解検証法を組み合わせることにより,定常解の分岐を数値的に検証しながら追跡する方法を提案している.
論文で示されている例では, AUTO の計算の数倍程度の時間で検証が行えているので十分実用的であるといえる.

  
以上により,本論文は応用上重要であるとともに,理論的にも興味深く,今後の発展が期待される.
よって,応用部門の論文賞に相応しいと評価された.

サーベイ部門 [論文]

  
有限体上の楕円曲線の位数計算アルゴリズム
(日本応用数理学会論文誌 Vol.13,No.2,2003,pp.273-288)

[著者]

  
佐藤 孝和(埼玉大学)

[受賞理由]

  
公開鍵暗号はインターネットなどにおいて秘匿機能や認証/署名機能を提供するために広く使われている.
そのような公開鍵暗号を実現する方法のひとつが有限体上の楕円曲線を利用する楕円曲線暗号であり,データ長の短さや処理性能の高速性などにより,最も実用性に優れた公開鍵暗号と考えられている.
楕円曲線暗号を安全に実現するためには,有限体上の楕円曲線の点の数,すなわち位数を計算することが必要となる.
本論文は,現在提案されている楕円曲線の位数計算アルゴリズムを概観したものである.
楕円曲線の位数計算アルゴリズムは,大きく二つに分類される.
一つは,Schoofにより提案されたl進的方法に基づくものであり,もう一つが本論文の著者自身により提案されたp進的方法に基づくものである.
l 進的方法は有限体の標数が大きい場合に優れ,p進的方法は,標数が小さい場合に優れている.
本論文では,この二つのアプローチによる現状を大変明確に解説している.
世界的に見ても,楕円曲線の位数計算アルゴリズムについて本論文のように現状を的確に概観した論文は無く,大変価値の高い論文である.
よって,論文賞に値すると判断された.

JJIAM部門 [論文]

  
Multistage stochastic programming model for electric power capacity expansion problem,
(JJIAM,vol.20,no.3,2003,pp.379-397)

[著者]

  
椎名 孝之(電力中央研究所),John R.Birge(シカゴ大学)

[受賞理由]

  
本論文は,発電設備の建設を計画する問題(電源計画問題)を多期間確率計画問題として定式化し,それを,2段の階層をもつ確率計画問題に帰着させて解く方法を構成したものである.
電源計画では,電力需要,建設費用,燃料費などの変動を考慮して,発電設備の建設を計画する.
本論文では,この間題が持つ固有の構造を利用して,2段階法が適用できる形に分解している.
この分解は,決定変数を,次期以降に影響を与える設備建設に関する変数群と,当該期のみにかかわる発電出力に関する変数群に分類できることに対応している.
2段階法では,設備建設にかかわる変数のみを含む主問題を解き,実行不可能解を実行可能性カットで排除し,発電費用を最適性カットで近似しながら最適計画を求める.
例題に対して,この方法をL-shaped法で解き,それが分枝限定法より優位であることを示している.

  
本手法は,電力設備建設計画を,その間題の特殊性を利用して分解して解く方法を構成したものであり,既存の方法を組み合わせて目的の達成をめざす応用数理のひとつの方向を示すものとして評価できる.

ベストオーサー賞
論文部門 [論文]
  
固有値問題の数理 –近似解法から精度保証まで–
(応用数理 Vol.13,No.3,2003,pp.58-71)

[著者]
  
長藤 かおり(九州大学)

[受賞理由]
  
応用数理において重要な「固有値」に関し,その定義,解析方法の基礎,さらにその最近の進展,とくに精度保証について,分かり易く述べられており,「応用数理」読者にとって有用な解説となっている.
精度保証に関しては,著者等による最新の成果がいくつかの例を交えて述べられており,応用数理の最先端を垣間見ることができるような解説となっており,この点も評価される.

インダストリアルマテリアルズ部門 [論文]
  
インダストリアルマテリアルズ:ガラス構造の数理
(応用数理 Vol.13,No.2,2003,pp.65-69)

[著者]
  
高田 章(旭硝子)

[受賞理由]
  
工業的に重要度の増しているガラス材料の特性は,その構造不規則性によって特徴付けられると考えられるが,理論的に十分に理解されているとは言い難い.
本稿は,近年実用化が進んでいる分子動力学的手法を用いることにより,ガラス材料の構造の多様性の一端が明らかになりつつある状況を,解析例と共に分かり易く示しており,その点が評価される.
また,工業材料のガラスの開発に数理的アプローチが貢献する可能性を示唆しており,「応用数理」読者に広くアピールすると考えられる.