論文賞, ベストオーサー賞 2011年度

論文賞
理論部門 [論文]
  
モードIII亀裂進展のフェーズフィールドモデルとその数値計算

  
(日本応用数理学会論文誌 Vol.19, No.3, 2009, pp.351–369)

[著者]
  
高石 武史(広島国際学院大学情報デザイン学部准教授)

[受賞理由]
  
本論文は,モードIIIの亀裂進展を記述する時間発展偏微分方程式を提案し,その妥当性を数値計算によって検証している.
亀裂現象は,構造物や地面など様々な場所で発生し,材質の破壊につながるため,今日的にも重要な研究課題であり,その研究には長い歴史がある.
しかし,亀裂の進展は,数学的には解の特異性に対応しており,理論的にも数値的にも困難な研究対象であった.
本論文の大きな寄与は,亀裂を表現するためにフェーズフィールド関数を導入することにより,現象の再現性を保持しつつ,理論と数値計算の両面からの解析にも展望が見込めそうな独自の数学モデルを導出したことにある.
これにより,固定領域を用いた計算や様々な数値解法の適用が可能になり,数値解析手法の幅が相当に広くなった.
実際,数理モデルの妥当性は,数値計算例により十分に検証されている.
特に,亀裂が二本以上の場合は,亀裂の分岐パターンが複雑化するため,その数値計算は大変難しいが,本論文ではそれらを的確に捉えた計算例が多く報告されており,提案する数理モデルの妥当性を裏付けている.
以上により,本論文は亀裂進展の分野における理論的・数値的両側面からの新たな研究成果と新たな展望を与えるものであると高く評価できる.
よって,平成23年度論文賞(理論部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.

応用部門 [論文]
  
行列の指数関数に基づく連立線形常微分方程式の大粒度並列解法とその評価

  
(日本応用数理学会論文誌 Vol.19, No.3, 2009, pp.293–312)

[著者]
  
則竹 渚宇(名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了), 今倉 暁(名古屋大学大学院工学研究科博士課程), 山本 有作(神戸大学大学院工学研究科教授), 張 紹良(名古屋大学大学院工学研究科教授)

[受賞理由]
  
本論文は,クリロフ部分空間による近似を利用した大規模連立線形常微分方程式の大粒度並列解法を提案するものである.
従来用いられている陰的解法では,時間発展において各時間ステップごとに連立一次方程式を逐次的に解く必要があり,その並列化は細粒度にとどまる.
時間発展を行列の指数関数を用いて各時間ステップの解を独立に計算することで,大粒度の並列性が得られる.
このとき,高い次数のクリロフ部分空間の計算が必要とされ,数値的に不安定となる.
本論文では,数値的不安定性の解析とその回避方法を示した上で,クリロフ部分空間の次元の決定の指針を示している.
熱伝導方程式を用いた数値実験によって従来法と比較し,提案方法の有効性を検証している.
また,数値的な不安定性を解消するだけではなく並列計算性能も確認し,実用上も有益であることを示している.
大規模な並列計算では大粒度の解法の必要性が高まっており,アルゴリズムの段階から大粒度化を提案した上で,その実用化のために必要な解析と手法を開発していることが評価できる.
以上の理由により,本論文は論文賞に値すると論文賞委員会は判断した.

JJIAM部門 [論文]
  
Numerical verification method of solutions for elliptic equations and its application to the Rayleigh-Bénard problem

  
(Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics
Vol.26, Issue 2-3, Oct. 2009, pp.443–463)

[著者]
  
Yoshitaka Watanabe(Kyushu University), Mitsuhiro T. Nakao(Kyushu University)

[受賞理由]
  
本論文は,著者らが研究を進めてきた非線形楕円型境界値問題の解に対する精度保証の基本原理と,その熱対流問題への適用について述べたものである.
熱対流問題の1種である2次元 Rayleigh-Bénard問題を取り上げ, 流れ関
数を用いた定常解の数値的検証方式を定式化し, それにしたがって実際に非自明分岐解を検証した結果が述べられている.
理論的には存在が立証されていないいくつかの分岐曲線が数値的に検証され, また, 対称性破壊分岐が実際に起こることも数値的に検証されている.
さらに流れ関数が使えない3次元の場合には, Navier-Stokes 方程式をそのまま用いる検証の定式化を行い.臨界 Rayleigh 数からあまり遠くない部分について精度保証に成功している.
偏微分方程式の解の存在を証明することは, 理論上も応用上も重要な研究課題であるが,解析的に証明することが難しい場合が多い.
その困難を克服する可能性のひとつとして,精度保証つき数値計算によって存在を確認する方法に期待が寄せられているが,著者の中尾氏はこの方針を実現する計算機援用証明法を実用的なレベルで世界に先駆けて構築した.
本論文は,その検証法が Navie-Stokes方程式やその派生の方程式の解析に実際に有用であることを紹介したサーベイ的論文である.
偏微分方程式の精度保証法という一つの分野を形成し,一貫してこの分野に貢献し, ついにNavier-Stokes方程式の分岐解の存在の証明に成功した.
本論文は,この方法の創始とその応用可能性の実証を紹介したもので,論文賞に値すると評佃された.

ベストオーサー賞
論文部門 [論文]
  
量子多体系・高精度シミュレーションの研究開発:密度行列繰り込み群法の超並列化と大規模計算

  
(応用数理 Vol.20, No.2, 2010, pp.132–147)

[著者]
  
山田 進(日本原子力研究開発機構), 五十嵐 亮(日本原子力研究開発機構), 奥村 雅彦(日本原子力研究開発機構), 今村 俊幸(電気通信大学), 町田 昌彦(日本原子力研究開発機構)

[受賞理由]
  
本論文では,物質設計などで画期的成果を挙げると期待されている密度行列繰り込み群法とその並列計算について論じている.
まず,格子模型の代表的な手法を紹介し,密度行列繰り込み群法の利点を分かりやすく説明している.
次に,1次元および準2次元格子問題に対する密度行列繰り込み群法のアルゴリズムを概説している.
さらに,同アルゴリズムにおいてもっとも計算量が大きい疎行列ベクトル積の計算法を論じている.
すなわち,大規模疎行列を3つの行列の和に分解,各行列を小規模疎行列と単位行列とのクロネッカー積で表し,それを利用して並列化と高速化を実現している.
加えて,1024コアまでの並列性能,次世代計算機に向けての並列化の課題,提案手法で得られた物理的知見についても論じられている.
これらの知見が丁寧に分かりやすく解説されているのが本論文の特徴である.
以上によりベストオーサー賞選考委員会は,本著作が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門 [論文]
  
電子メールを媒介としたコンピューターウィルス感染拡大モデル

  
(応用数理 Vol.20, No.3, 2010, pp.236–241)

[著者]
  
佐藤 大輔(NTT情報流通基盤総合研究所), 内田 真人(九州工業大学)

[受賞理由]
  
本論文では,電子メールによって感染拡大するコンピューターウィルスについて,直近に感染したノードのアドレス帳内リストを次の感染攻撃対象とする仕組みを差分方程式によりモデル化し,連続化によりRiccati方程式を導出している.
さらに,累積感染数実データを用いてモデルの検証を行っている.
コンピューターウィルスは,インターネット社会にとって身近な脅威であり,その感染拡大の数理モデル化は,多くの読者にとって興味深い話題である.
また,実データによる検証は応用面で興味深い.
専門外の読者にもわかりやすく述べられていることから高く評価される.
以上によりベストオーサー賞選考委員会は,本著作が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと判断した.