論文賞 2002年度

論文賞
理論部門 [論文]
  
特異な係数行列をもつ連立一次方程式に対するCR法の収束性
(日本応用数理学会論文誌 Vol.9,No.1,1999,pp.1-13)

[著者]
  
阿蔀 邦美(阿南工業高等専門学校), 緒方 秀教(東京大学),杉原 正顧(名古屋大学),張 紹良(東京大学),三井 斌友(名古屋大学)

[受賞理由]
  
本論文は,特異な係数行列をもつ連立一次方程式および線型最小二乗問題に対してCR法(共役残差法)を適用したときに,任意の右辺項もしくは非斉次項に対して同手法が破綻せずに収束するための必要十分条件を導いている.
この問題を解析する手段として,係数行列の像空間とその補空間の成分にアルゴリズムを分離するアプローチを導入している.
このようなアプローチを取ることにより,それまで十分理解されているとは言えなかった特異な系に対する反復解法の性質に対して,CR法をはじめとするクリロフ部分空間法における解の振る舞いを見通し良く解析できる道を開いた.
実際,この論文における考え方と手法は,その後のこの分野における一連の研究の元になっている.

  
以上により,本論文は,すでに膨大な研究が存在する数値線形代数の分野において,新たな視点から研究成果を得た興味深い研究であり,哩論部門の論文賞に相応しいと評価された.

応用部門 [論文]

  
周遊距離Voronoi図とそれを用いた商業立地分析
(日本応用数理学会論文誌 Vol.ll,No.1,2001,pp.1-14)

[著者]

  
大山 崇(筑波大学), 鈴木 勉(筑波大学)

[受賞理由]

  
本論文は,商業施設の買い回り行動を念頭に置いて,周遊経路を最短にする「周遊距離Voronoi図」の提案を行ない,解析を行なったものである.
ユークリッド空間内に,離散的に分布する点集合(母点)が与えられたとき,一つあるいは複数の母点の組の「勢力圏」によって空間を分割する方法は,古典的なVoronoi分割を筆頭に,多数の変種が知られており,応用を念頭に置いて,母点の種類が多種にわたる場合も含めて検討されている.
本論文で提案された,周遊距離Voronoi図は,voronoi図の既存の変種に比べて,より現実に密着している上に,解析の困難さが理論的に扱える範囲にとどまっている.
これは,開発され尽くした感のあるVoronoi図の理論的解析に,新たな一つの方向を示唆するとともに,Voronoi図による地域研究における理論と現実の乗離を埋める可能性も示している.

  
これらの理論と応用にわたる萌芽的な研究成果が,応用部門での受賞に相応しいと評価された.

JJIAM部門 [論文]

  
Simulation and Visualization of a Highspeed Shinkansen Train on the Railway structure,
(JJIAM, Vol.17,No.2, 2000,pp.309-320)

[著者]

  
M. Tanabe, S. Komiya, H. Wakui, N. Matsumoto and M. Sogabe

[受賞理由]

  
本論文は,新幹線の高速走行時の編成車輔とレールとレールを支える橋梁の間の連成振動現象を,非線形運動方程式として定式化し,それを有限要素法を用いた数値計算によって解いたものである.
高速走行時には,車両がレールの上を蛇行しながら走行し複雑な振舞をするが,それを表現する簡潔で効果的な力学モデルを明らかにしている.
そして,その手法を,高速鉄道では世界で最初の斜張橋である長野新幹線千曲川斜張橋上の新幹線の高速走行シミュレーションに,その設計段階で適用して現象を予測し,建設後になされた新幹線の高速走行実験の結果との比較により,その妥当性と有効性を示している.
本論文は,複雑な現実の問題に数理的手法を適用して,応用数理の力を示すことに大きく貢献したものであり,受賞に値すると判定された.